慕う人の多かった師匠
いい言葉を選んでいるうちに、本当に言いたかったことをのみ込みます
弟子がうまくいくと、自分のこと以上に喜んだ師匠。
ズバリ言うと
認めたくないかもしれないけど- 01人を立てているうちに、自分が電池切れなことにはいちばん最後に気づきます
- 02みんなを引っぱっておいて、自分には寄りかかる場所がないんですね
この結果になった理由
ENFJこんな人です
人を集め、導く立場にいたはずです。力で押さえつけるタイプではありませんでした。誰が何を得意とし、どこが痛いのかを、本人が言う前に読みとり、くじけないように励まして、自分の足で立てるよう背中を押していたでしょう。弟子がうまくいくと、自分のこと以上に喜ぶのが生まれつきの性分でした。
読み書きを覚えるのが遅い子ひとりに、何か月もつきっきりになっていたこともあったはず。人のなかにいるとかえって力がわく師匠なので、寺子屋の座敷が空く日はめったになかったでしょう。
理屈より、人が先に見えていました。正しいことでも相手が傷つきそうなら一度飲みこんで遠回しに言い、ルールを決めるより一人ひとりの事情を汲む側でした。慕う人は多かったのに、肝心の自分のつらさはいつも最後に回していたはず。みんなを包みこもうとして自分の器が先に空になるのは、このタイプのずいぶん古いくせです。それでも、誰かの可能性を先に見つけて最後まで応援してくれたその心は、そばにいた人たちがいつまでも取り出して眺める思い出になったでしょう。
さすらうより、そばに残ってひとりを長く見守る側でした。「この子をどう立たせようか」を心に描いて何年もこつこつ押してあげ、その真心が音もなく何人もの道を変えていったはずです。一度心を寄せた人は、なかなか手放さなかったでしょう。いまも人の世話を焼いて引っぱっているうちに、自分が疲れていることにあとから気づくなら、その気質はずいぶん昔からのもの。後輩のエントリーシートを見てあげていて、自分の仕事は夜十一時からやっと始める、というのも同じくせです。うまくいきそうな人がいれば先に見つけて後押しする。自分を後押ししてくれる人は、別に置かないのに。